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東京地方裁判所 昭和53年(行ウ)51号 判決

原告

穐本義治

外一〇名

右原告ら訴訟代理人

向武男

外二名

被告

東京都品川区長

多賀榮太郎

右訴訟代理人

近藤善孝

主文

被告は日本国有鉄道が品川区内に設置を予定している仮称西大井駅の駅舎建設費用及び同用地取得費用に充てるために品川区の公金を支出してはならない。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判決

一  原告ら

主文同旨

二  被告

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告らは東京都品川区の住民である。

2  被告は、日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)が東京都品川区内に設置しようとしている仮称西大井駅の駅舎建設費用及び同用地取得費用に充てるために品川区の公金から一四億六〇〇〇万円を支出することを予定しており、右支出行為のなされることが相当の確実さをもつて予測される。以下、その経過につき説明する。

(一) 国鉄は、首都圏における中距離通勤輸送力増強のため、品川区内を縦貫する東海道本線貨物支線(通称品鶴線。以下「品鶴線」という。)に横須賀線客車を乗り入れることを計画し、昭和四四年五月これを品川区に提示した。品川区は、昭和四八年二月国鉄に対して、(1)品川区内五か所の踏切を国鉄の負担で立体交差とする、(2)品川区内の南部に国鉄の負担で駅舎を設置する、(3)鉄道諸公害を防止するとともに、すべての住民環境被害について国鉄が責任をもつて善処するとの三条件(以下「旧三条件」という。)が実現しない限り品鶴線への客車乗入れには反対である旨を申し入れた。これに対して国鉄は、昭和五〇年三月、(1)踏切道五か所は廃止して昭和三一年一二月一八日付「道路と鉄道との交差に関する建設省・日本国有鉄道協定」(以下「建国協定」という。)により立体交差とする、(2)品川区の南部に駅舎を設置するが、工事費は全額地元負担とする、(3)公害排除は、重量レール、ロングレールの採用、道床の改良、枕木の鉄筋コンクリート化、鉄桁の改善、汚水タンク取付等可能な限り努力するとの回答を寄せたため、品川区議会は、昭和五〇年一〇月二日、旧三条件を、(1)道路法に基づき踏切道は五か所とも立体交差とする、(2)品川区の南部に駅舎を設置する、(3)鉄道諸公害を防止するとともに、住民の環境被害については国鉄が責任をもつて善処する、但し、駅舎設置費用の地元負担並びに立体交差の建国協定に基づいての実施はやむを得ないものと考えるが、現下の財政事情もあり、工事の実施、客車乗入れの時期等については別途協議するとの新たな条件(以下「新三条件」という。)に変更するとの議案を可決した。そして、昭和五〇年一〇月三日品川区と国鉄との間において、(1)国鉄及び品川区は踏切道五か所の立体交差を推進するものとし、詳細については建国協定に基づき実施する、(2)国鉄は、品川区南部に新駅を設置するが、駅新設に要する用地及び工事費は負担しない、(3)国鉄は、軌道及び工作物について改良工事を実施するとの合意が成立し、覚書が交わされた。

(二) そこで、国鉄は、昭和五二年八月一九日品川区西大井一丁目地内に仮称西大井駅を設置することを決定し、同年九月八日品川区に対して、(1)新駅設置に要する工事はすべて地元負担とする、(2)新駅設置に要する増用地(駅舎敷地として新たに買収を要する土地)も地元負担で取得し、これを国鉄に無償で譲渡する、(3)駅新設に関連する駅前広場の造成及びそれに通ずる道路の新設改修、道・水路の付替え、給排水設備、その他駅設置に必要と認められるものについては新駅開業までに品川区において負担施行する等の新駅設置条件を示して回答を求めたところ、被告は、品川区議会品鶴線対策特別委員会(以下「品鶴線対策特別委員会」という。)の議決を経て、昭和五二年一一月一五日付「東海道本線貨物支線(東海道旅客新線)新駅設置について(回答)」をもつて、「昭和五二年九月八日付東京南営総第一二八号で貴職より提示のあつた標記については、当区としては了承いたしますが、提示条件各項の実施にあたつては、別途協議されるよう、よろしくお取り計らい願います。また、踏切の立体交差化及び鉄道諸公害防止については、昭和五〇年一〇月三日付覚書の趣旨にのつとり早期に実現されるようお願いいたします。なお、新駅設置にともなう経費処理は、地元運動団体『仮称西大井駅設置促進期成同盟』を設立してこれに当らせたく別途ご連絡申し上げます。」との回答を行つた。

(三) 右の回答をするに当たりあらかじめ行われた品鶴線対策特別委員会の審議において、被告をはじめ品川区の事務担当者は、新駅設置費用として駅舎建設費一五億二〇〇〇万円、増用地取得費一億五〇〇〇万円、合計一六億七〇〇〇万円が見込まれ、これを昭和五二年度から昭和五六年度までの五か年度にわたり、昭和五二度に六五〇〇万円(うち五〇〇万円は地元住民からの寄附)、昭和五三年度に一億〇五〇〇万円(うち五〇〇万円は地元住民からの寄附)、昭和五四年度に三億円、昭和五五・五六年度に各六億円(うち一億円はいずれも東京都からの助成)の予算措置を講じ用意する計画であるが、右費用を品川区が直接国鉄に支出すると地方財政促進特別措置法(以下「地財再建法」という。)二四条二項の規定に抵触するおそれがあるので、トンネル組織として仮称西大井駅設置促進期成同盟(東京都、品川区及び東京商工会議所品川支部の各代表者によつて構成し、被告が会長となる。以下「期成同盟」という。)を設立し、直接にはこれに対して公金を支出する形式をとる旨説明をした。

(四) 品川区当局は、以上の経過を記載した文書を作成し、これに基づき昭和五三年二月二七日から同年三月一日にかけて住民説明会を開催し、前記資金計画を具体化していく方針を明らかにした。

(五) そして、昭和五三年三月に被告提案に係る東京都品川区公共施設建設基金条例(以下「基金条例」という。)が制定され、かつ、前記資金計画の具体化として一億六〇〇〇万円の予算措置が講じられ(六〇〇〇万円については昭和五二年度補正予算として、一億円については昭和五三年度当初予算としてそれぞれ計上された。)、これが右基金条例に基づき設置された東京都品川区公共施設建設基金(以下「本件基金」という。)に積み立てられたが、当該予算説明書には右一億六〇〇〇万円が品鶴線駅舎費として本件基金に積み立てられる旨明記されている。その後、昭和五四年度の予算においても三億円が計上され、これも本件基金に積み立てられた。

(六) 本件基金の支出予定先である期成同盟はまだ設立されていないが、品川区が仮称西大井駅の設置を区の最重点施策として位置付けていることに照らせば、その設立は早急になされる見込みである。

以上によれば、品川区の予算執行責任者である被告が、仮称西大井駅の駅舎設置費用として品川区の負担すべき一四億六〇〇〇万円につき逐次予算措置を講じて公金を支出することが相当の確実さをもつて予測されることは明らかである。

3  しかし、右公金の支出は、地財再建法二四条二項に違反する違法なものである。すなわち、同項は、「地方公共団体は、当分の間、……日本国有鉄道……に対し、寄附金、法律又は政令の規定に基かない負担金その他これらに類するもの(これに相当する物品等を含む、以下「寄附金等」という。)を支出してはならない。」と規定しており、右公金の支出はこれに真向うから抵触する。本件の場合、形式的には品川区がその公金を直接国鉄に支出するわけではなく、期成同盟を経由して支出しようとしているものではあるが、地財再建法の目的は地方公共団体の財政の健全性を確保することにあるのであるから、同法二四条二項が禁止している国鉄等に対する寄附金等の支出経路が直接的であるか間接的であるかは問うところではなく、また、品川区当局の発意により容易に設立しうる期成同盟を経由することによつて同項の規制を潜脱できるとするならば、地方公共団体の財政再建を促進しその健全性を確保しようとする地財再建法の立法趣旨は、完全に没却されてしまうのである。

4  以上のとおり、被告が違法に公金の支出をすることが相当の確実さをもつて予想されるが、かかる支出がなされた後にそれによつて品川区に生じた損害を回復するためには、被告個人にその補填を求めるか、国鉄側からこれを回収するかのいずれかしかない。しかし、前者は、支出の予定されている金額(一四億六〇〇〇万円)からみて到底実現不可能であり、また、後者も、地方自治法二四二条の二第一項四号により原告らが品川区に代位して訴求しうる相手方が国鉄ではなく期成同盟であると解される余地もあり、そのように解された場合には、期成同盟の主たる経費負担者が品川区自身であることを考えれば、事後的請求は全く無意味なものとなる。したがつて、本件の公金支出により品川区に回復の困難な損害を生ずるおそれがあることは明らかである。

5  そこで、原告らは、昭和五三年二月一四日本件の違法な公金支出を防止するために品川区監査委員に対し地方自治法二四二条一項に基づく住民監査請求を行つたところ、同年四月一二日付で監査委員の意見が一致せず合議がととのわなかつた旨の監査結果が原告らに通知された。

6  しかしながら、原告らは、右監査結果に不服があるので、地方自治法二四二条の二第一項一号に基づき被告に対し前記公金支出の差止めを求める。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1の事実、同2(一)の事実、同2(二)のうち国鉄が昭和五二年八月一九日品川区西大井一丁目地内に仮称西大井駅の設置を決定したことを除くその余の事実、同2(三)のうち被告又は品川区の事務当局者が品鶴線対策特別委員会において、品川区が新駅設置費用を直接国鉄に支払うと地財再建法に抵触するおそれがあるのでトンネル組織として期成同盟を設立しこれに対して公金を支払う形式をとると説明したことを除くその余の事実、同2(四)の事実、同2(五)のうち基金条例が昭和五三年三月に制定され、昭和五二年度補正予算において六〇〇〇万円及び昭和五三年度当初予算において一億円がそれぞれ本件基金に積み立てられた事実、同2(六)のうち期成同盟がいまだ設立されていない事実、及び同5の事実については、当事者間に争いがない。

二そこで、まず、本件の公金支出がなされることが相当の確実さをもつて予測されるか否かについて検討する。

右当事者間に争いのない事実と〈証拠〉を合わせると、次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

1  東海道本線と横須賀線は、東京・大船間において同一線路上で運行されているところ、このままの状態では運行本数の増加にも限界があり、横浜市以南から都心等への通勤通学客の増加に見合う輸送力を確保することが困難となつてきたため、国鉄当局は、右の中距離通勤客等の輸送力増強を目的として、東海道本線と横須賀線を分離し、横須賀線の客車は品川区内を縦貫する貨物線である品鶴線に乗り入れることを計画し、昭和四四年五月一六日東京都及び品川区に対して同計画を提示した。同計画は中距離輸送力の増強をねらつたものであることに加え、品鶴線を使用すれば迂回により従来よりも長時間を要することになるため、国鉄の当初の方針は品川区内をノン・ストップで通過させるというもので、同区内に新駅を設置するという考えは有していなかつた。そこで、もし、かかる計画がそのまま実施に移されることになれば、品川区としては何ら得るところがないばかりか、品鶴線に設置されている区内五か所の踏切の閉鎖時間が従来以上に長時間に及び円滑な交通の妨げとなること及び同線の沿線住民に対して騒音、振動等の鉄道諸公害が生ずることが予測されたため、品川区は、昭和四六年九月区議会に品鶴線対策特別委員会を設置して国鉄等に対する折衝活動を開始し、また、品川区西大井付近の一部住民によつて結成された国鉄品鶴線西大井駅(仮称)建設促進同盟も、同月二七日品川区議会に対して品川区西大井一丁目一番一〇号品鶴線原踏切付近に新駅を設置するよう配慮することを求め、これが容れられない場合には横須賀線の品鶴線への乗入れには反対である旨の請願書を提出した。そして、品川区は、昭和四八年二月国鉄に対して旧三条件が実現しない限り横須賀線の品鶴線乗入れには反対である旨を申し入れたところ、昭和五〇年三月、(1)踏切道五か所は廃止して建国協定に基づき立体交差とする、(2)品川区の南部に駅舎を設置するが、工事費は全額地元負担とする、(3)公害排除は、重量レール、ロングレールの採用、道床の改良、枕木の鉄筋コンクリート化、鉄桁の改善、汚水タンク取付等可能な限り努力するとの回答が寄せられた。この間、国鉄は、品鶴線に乗り入れる横須賀線用として東京、品川間の地下軌道設備、新橋地下駅、品川駅新ホーム等の設置工事を進め、品鶴線対策特別委員会委員らは、国鉄の担当者とともに右品川駅の工事の見学、仮称西大井駅設置予定場所の視察及び品鶴線試乗を行つた。

2  こうして、横須賀線に乗り入れることは必至となる一方で、前記国鉄の回答からもわかるように国鉄が旧三条件を全面的に受け入れる見込みは全くなく、このままでは、住民から強く要望されている仮称西大井駅新設も実現せず、品川区当局が従前から懸念していた交通の渋滞と鉄道諸公害のみが地元にもたらされる情勢となつたため、品川区議会は、次善の策として、昭和五〇年一〇月二日旧三条件を新駅設置費用の地元負担等を内容とする新三条件に変更する旨議決し、これを受けて、被告は、同月三日国鉄東京南鉄道管理局長との間で、(1)国鉄及び品川区は踏切道五か所の立体交差を推進するものとし、詳細については建国協定に基づき実施する、(2)国鉄は、品川区南部に新駅を設置するが、駅新設に要する用地及び工事費は負担しない、(3)国鉄は、軌道及び工作物について改良工事を実施するとの覚書を交わした。

3  そこで、国鉄は、昭和五二年九月上旬ころ品川区西大井一丁目地内に仮称西大井駅を新設することを決定し、同月八日にその旨を公表するとともに、品川区に対して、新駅設置に要する工事費にすべて地元負担とし、新駅設置に要する増用地も地元負担で取得してこれを国鉄に無償で譲渡すること、駅新設に関連する駅前広場の造成及びそれに通ずる道路の新設改修、道・水路の付替え、給排水設備、その他駅設置に必要と認められるものについては新駅開業までに品川区において負担施行すること等の新駅設置条件を提示して回答を求めてきたので、品川区議会は、同月一三日、同月三〇日、同年一〇月一一日、同月一七日、同月三一日、同年一一月一一日の六回にわたり品鶴線対策特別委員会を開催してその対応策について審議をした。そのなかで、被告や品川区事務当局者は、国鉄の提示した右新駅設置条件に従い品川区が新駅設置費用を負担することを基本方針として、その負担額は概算で駅舎建設費一五億二〇〇〇万円、増用地買収費一億五〇〇〇万円、合計一六億七〇〇〇万円と見込まれ、これを昭和五二年度から昭和五六年度までの五か年度にわたり、昭和五二年度に六五〇〇万円(うち五〇〇万円は地元住民からの寄附)、昭和五三年度に一億五〇〇万円(うち五〇〇万円は地元住民からの寄附)、昭和五四年度に三億円、昭和五五、五六年度に各六億円(うち一億円はいずれも東京都からの助成)の予算措置を講じて用意する計画であると説明したところ、品川区が新駅設置費用を負担することの是非をめぐつて議論が行われ、一部委員から(1)現在の財政事情の下で膨大な費用を支出すれば他の施策にも影響を及ぼすし、財源確保も困難である、(2)品川区が国鉄に右費用を支出することは地財再建法二四条二項に違反するなどの意見や質問が出されたが、これに対して、被告又は事務当局者は、(1)区当局としては新駅設置を区の最重点施策と位置付けており、財政計画にも万全を期す覚悟であつて、そのため他の施策に多少の支障が生じたとしても重大な事態には至らないものと考えている、(2)品川区が負担する新駅設置費用については別に基金条例を定めてこの基金に資金を積み立てる計画であるが、国鉄への工事費の支払を全額一括前納とするか年度別分納とするかは未確定であり、今後国鉄の東京第一工事局と協議したうえで決定される、(3)しかし、現時点においては、具体的な費用の支払時期等についてまで煮詰まつていなくても新駅設置費用を品川区が負担するという基本的態度だけは決定しておくことが必要である、(4)品川区が新駅設置費用を負担することは地財再建法二四条二項に違反する疑いがあるので、この疑いを少しでも弱めるために、他の地方公共団体における例にならい新駅設置促進期成同盟というような民間の組織を結成し、これをいわゆるトンネルとして経由させて品川区の資金を国鉄に支出するという方法をとることを計画しており、このような方法での公金支出の適否が万一住民監査請求や訴訟で争われることになれば、最終的には裁判所の判断に委ねられるが、これまでには実際に争いが提起された事例は皆無であるので、本件においても、支出方法に違法の疑いがあるからといつて、地元のためになる新駅の設置を断念するわけにはいかない、(5)他の地方でこれまで結成された新駅設置促進期成同盟の例では、県代表、関係市町村代表、商工会議所代表、議員等を構成員とし、地元の地方公共団体が設置費用の大半を拠出し、その長が会長を勤めているものが多く、品川区の期成同盟はまだ結成されていないが、早急にその結果作業に着手する予定である旨答弁した。このような審議を経て、品鶴線対策特別委員会は、昭和五二年一一月一一日国鉄の前記新駅設置条件を了承する旨の事務当局案を可決し、被告は、これを受けて同月一五日付で国鉄東京南鉄道管理局長あてに原告ら主張(請求原因2(二))のとおりの回答を行つた。そして、同年一二月一二日に開催された品川区議会の定例会において品鶴線対策特別委員会副委員長が右の同委員会における審議経過を報告した。

4  品川区当局は、昭和五三年二月に以上の経過の概略を記載した「国鉄品鶴線対策経過報告会資料」と題する小冊子を作成し、このなかでも駅舎建設費用及び用地買収費用は現時点で総額一六億七〇〇〇万円と試算され、その一部を民間からの寄附金によつて調達する計画であり、これらの運営は地元運動団体である期成同盟を設立して行う予定であると説明しており、併せて新駅の設置に対する区民の理解と協力を呼びかけている。そして、品川区当局は、右小冊子に基づき同月二七日から同年三月一日にかけて住民説明会を開催し、前記資金計画を具体化していく方針を明らかにした。

5  このような過程を経て、昭和五三年三月被告提案に係る基金条例が制定されて本件基金が設置され、品川区の昭和五二年度補正予算のうちから六〇〇〇万円及び昭和五三年度当初予算のうちから一億円がそれぞれ区議会の議決を経て本件基金に積み立てられたが、品川区当局があらかじめ区議会議員に配付した昭和五三年度当初予算についての説明資料には同年度の重点事業のひとつとして本件基金に積み立てられた右一億円が掲げられており、その事業内容として「品鶴線駅舎分」と明記されている。そして更に、本訴提起後に議決された品川区の昭和五四年度当初予算においても三億円が計上されて、本件基金に積み立てられた。しかし、期成同盟はまだ設立されていない。

6  一方、国鉄は、昭和五三年一一月二二日、新設を進めている横浜新貨物線を含む東京・小田原間の線路増設工事が昭和五四年三月には完成し、それに伴つて現在東京・大船間において同一線路上で運行している東海道本線と横須質線を昭和五五年一〇月から分離運転すること、そして、新たな横須賀線の停車駅は、大船、戸塚、東戸塚(新駅)、保土ケ谷、横浜、新鹿島田(新駅)、西大井(新駅)、品川、新橋、東京(地下駅)となることを発表し、翌二三日その旨が新聞で報道された。これより先、昭和五一年四月ころに右新鹿島田駅が完成しており、昭和五四年二月には右東戸塚駅の起工式が行われた。

以上認定の事実によれば、現在同一線路上で運行している東海道本線と横須賀線を分離し、横須賀線の客車を品鶴線に乗り入れ、これに伴い品川区西大井一丁目地内に新駅(仮称西大井駅)を設置することは、既に国鉄の確定した方針となつているものであり、これに対応して、品川区は六回にわたる品鶴線対策特別委員会の審議を経て、右新駅の駅舎建設費用はすべて地元で負担し、新駅設置に要する増用地も地元負担で取得したうえ国鉄に無償譲渡するという国鉄の提案を受け入れることを決定し、被告名義で国鉄に対しその旨正式回答し、右費用を合計一六億七〇〇〇万円と見積つたうえ、うち一四億六〇〇〇万円を品川区の公金を負担することとし、これを昭和五二年度から昭和五六年度までの五か年度にわたつて積み立てる計画の下に、基金条例を制定して本件基金を設け、昭和五二年度ないし昭和五四年度の予算としてとりあえず四億六〇〇〇万円を計上し、これを本件基金に積み立てたものである。そして、被告は、国鉄との間で具体的な支出時期等が決まり次第、右基金を期成同盟に支出し、期成同盟の名で国鉄に対し仮称西大井駅の駅舎建設費用を寄附し、また、期成同盟の名で増用地を取得したうえこれを国鉄に寄附することを計画しているのであるが、右期成同盟なるものは、その結成のいきさつや予想される構成及びその資金源等からして、少なくとも国鉄との間の費用負担の関係においては、実質上品川区が国鉄に対して本件基金に積み立てた公金を寄附し、あるいはその公金により取得した増用地を寄附するについて、これが品川区の公金により行われたことを表面化させないようにするための単なるトンネル機関にすぎないものと認めるべきである(右期成同盟が費用負担の関係を除く他の点において地元運動団体としての機能を果たすことがありうるとしても、右に述べた費用負担面での役割が直ちに変わるわけではない。)。

被告は、期成同盟がまだ設立されてはいないこと及び本件基金の設置目的が新駅設置費用に充てるためと限定されたものではないことの二点をあげて、被告が品川区の公金から新駅設置費用を支出することが確実であるとはいえない旨主張する。しかしながら、前示の認定に照らせば、期成同盟がいまだ設立されていないのは、被告の右公金支出が将来中止される具体的な可能性があるからではなく、現在まだ新駅建設工事が開始されるに至つていないため、今のところ期成同盟の名でその費用を支払う必要がないからにすぎず、その必要が生ずれば被告が中心となつて新駅設置賛同者を加え短時間のうちに期成同盟を設立して前記のような経費処理をすることが予定されているものと認められるのである。また、本件基金条例がその条文の文言上「公共施設の建設資金に充てるために本件基金を設置する」との一般的表現を用いているとしても、前認定の事実の経過に徴するならば、本件基金が専ら仮称西大井駅新設費用に充てる資金として積み立てられていることは明らかといわなければならない。

〈証拠〉によれば、品川区の事務当局者が昭和五三年三月に開かれた区議会予算特別委員会において、本件基金には特定の目的がない旨答弁していることが認められるが、本件の公金支出が地財再建法に抵触するおそれがあるとの問題点を十分に意識したうえでの答弁であることからすれば、到底真実を語つたものとはいいがたい。

してみると、品川区の財産の管理処分権者である被告が仮称西大井駅の駅舎建設費用及び同用地取得費用に充てるために本件基金から品川区の公金を支出することは、その支出の具体的な時期や金額が現時点において最終的に確定するまでは至つていないにせよ、単にその可能性が漠然と存在するというにとどまるものではなく、公金の支出自体については相当程度の客観的、具体的可能性があるものであつて、地方自治法二四二条一項にいう「当該行為がなされることが相当の確実さをもつて予測される場合」に当たるというべきである。

三次に、本件公金支出の適否について検討する。

1 地方自治法二三二条の二によれば、地方公共団体は、その公益上必要がある場合においては、寄附又は補助をすることができるものとされているが、地財再建法二四条二項は、その特則として、「地方公共団体は、当分の間、国、……、日本国有鉄道、……に対し、寄附金、法律又は政令の規定に基かない負担金その他これに類するもの(これに相当する物品等を含む。以下「寄附金等」という。)を支出してはならない。」と規定し、ただ「地方公共団体がその施設を国又は公社等に移管しようとする場合その他やむを得ないと認められる政令で定める場合における国又は公社等と当該地方公共団体との協議に基いて支出する寄附金等で、あらかじめ自治大臣の承認を得たものについては、この限りでない。」としている。この地財再建法の規定は、従来から地方財政法四条の五(昭和二七年法律第一四七号による追加)によつて国の地方公共団体からの強制的な寄附金の徴収が禁止されてはいたが、同条が禁止しているのは、専ら国の側において強制的に寄附金等を徴収することにとどまり、地方公共団体の側から国に対して任意自発的な寄附をすることまでも規制の対象とするものではないため、かかる規定があるにもかかわらず、国等がその優越的な地位を背景にして、本来自己の負担すべき経費につき自発的寄附という名目で地方公共団体にその負担を転嫁したり、あるいは地方公共団体の側においても、国等の機関や施設等を誘致するために国等の負担すべき経費を自ら進んで拠出したりするといつた事例が後を断たず、これを放置するときは、国等と地方公共団体との間の経費負担区分をみだし、地方財政秩序を混乱させるおそれがあるので、あえて地方自治法の原則を修正し、このような地方方公共団体の国等に対する自発的寄附又は任意負担をも原則として禁止することによつて、右の弊害を防止し、地方財政の健全化を図る一方、右寄附等を一律に禁止することが公益上又は社会通念上かえつて不合理な結果をきたすことがないよう一定の場合には事前に自治大臣の承認を得たうえで寄附等をなしうることとしたものであると解される。もつとも、右規制は、法文上「当分の間」と定められており、その立法当時は将来廃止又は変更されることが予想されていたものと認められるが、現実に廃止又は変更の措置がとられていない以上、なお法規としての効力を失うものでないことは当然である。

してみると、地財再建法二四条二項は、地方公共団体の国等に対する寄附金等について、同項但書に当たる場合を除き、強制的なものであると任意的なものであるとを問わず、また、それが当該地方公共団体にとつて必要ないし利益であると否とにかかわりなく、すべてこれを禁止しているものというべきである。また、地方公共団体が寄附金等を支出する直接の相手方が形式的には国等ではなく、何らかの経由組織を通じて間接的に支出する場合であつても、その経由組織の実態等に照らし実質的にみて国等に対して直接支出する場合と同一で、ひつきよう法の禁止を潜り抜けるための手段にすぎないと認められるような場合も、同項固定のる規制の対象となるものと解するのが相当である。

被告は、地方公共団体の財政自主権を制約する地財再建法の右規制は今日の実情に適合しなくなつており、これに抵触する事例が現実に多数存在していると主張するが、右規制が合理的根拠を失うに至つているとみるべき資料は存しないから、単に行政施策上国等に対する寄附金等が必要であるとか、他に違反事例が少なくないとかの理由によつて右規制の適用を殊更に限定し又は緩和すべきいわれはない。

2  本件についてみると、前記二で認定したとおり、被告は、仮称西大井駅の設置費用に充てるため、品川区の公金を本件基金に積み立ててこれを期成同盟に支出し、期成同盟から駅舎建設費用及び同用地を国鉄に寄附させようとしているが、かかる経理処理面に関する限り、その実態は、品川区が国鉄に対して品川区の公金を寄附し、あるいはその公金により取得した用地を寄附するについて地財再建法の前記規定を潜脱するためのトンネル機関として期成同盟を経由させることとしたにすぎないものである。すなわち、本件の場合、実質的にみれば、品川区が直接国鉄に対してその公金を寄附し、あるいはその公金により取得した用地を寄附する場合と何ら異なるところはないのであり、かかる寄附がまさに地財再建法二四条二項によつて禁止されていることは明らかである。そうすると、本件における新駅設置自体の当否はともかく、その費用に充てるために品川区が本件のような方法によつて行う公金の支出は、同項本文に違反するものであるといわざるをえない。

3 被告は、本件の公金支出は地財再建法二四条二項但書に基づく同法施行令一二条の二第五号に掲げる場合に当たるから違法ではないと主張する。しかし、同法二四条二項但書は、その要件として、同法施行令所定の場合につきあらかじめ自治大臣の承認を得ることを必要としているのであり、右承認は同項本文の規制を免れるための効力要件をなすものと解されるところ、本件公金の支出について自治大臣の承認手続を経ていないことは被告の自認するところである。前述のように、同項は、寄附金等の一律禁止による不合理な結果を避けるために但書の特例を設けて妥当な調和を図つているのであるから、右但書に定められている承認を求める手続すら履践することなく支出の適法性を主張することは、もとより失当というべきである。

4 以上によれば、現在までの経過を前提とする限り、国鉄が品川区内に設置を予定している仮称西大井駅の駅舎建設費用及び同用地取得費用に充てるため品川区の公金を支出することは、期成同盟を経由すると否とにかかわらず、地財再建法二四条二項に違反し違法なものというほかない。

四ところで、被告が品川区の財産の管理処分権者として本来支出すべからざる右違法な公金の支出をすれば、品川区に同額の損害を生ずることはいうまでもないところ、その金額が現時点における被告の試算においてさえ一四億六〇〇〇万円と見込まれており、将来現実に支出する段階になれば、物価の騰貴等にあわせて右の金額が若干なりとも増加することはありえても減少することはないと推定されるから、支出される金額がこのように巨額であることにかんがみると、本件においては右支出により品川区に「回復の困難な損害を生ずるおそれがある」というべきである。

五以上の次第で、右公金支出の差止めを求める原告らの本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(佐藤繁 泉徳治 菊池洋一)

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